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憂梨の愛と葛藤の日々。主にジャンプ・アニメ系統。ジャンプのネタバレは月曜日から。アニメのネタばれは放送日から。ほんのり…嘘です、しっかりヲタ風味につきご注意下さい。女性向(BL)含みます。
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2024/05/19 (Sun)
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2009/07/19 (Sun)
滴り落ちる赤黒い血を堰き止めて、裂けた傷口を塞ぎ(覆い)尽くせばすべて、

(元通りになるのなら、)


 顔面を占める白い傷跡の印。包帯を幾重にも巻きながら、いつか彼に告げられた言葉を思い出す。

 (“お前、忍者に向いてないんじゃないのか”)


 静まり返った夜更けの医務室、伊作がひとりきりであることを見計らったかのように雑渡が訪れることは、まだそれほど多くはない。
 “少し”遠出した帰りだというのが大抵の言い訳で、大半の場合においてどこかかしら傷を負っている。
 例に漏れず“遠出”したという雑渡だが、今回は目立った外傷はない。その代りに告げた言葉が、「頭巾結んでくれない?」だったことには絶句してしまうのも無理はないだろう。


 「それにしても君、包帯まで巻き直してくれるなんてねえ」

 まあそんな気はしてたけど、と付け加える。乱れた頭巾を結び直そうとしたところ、頭部を覆う包帯の、あまりの緩みぶりが目に入り、申し出た次第である。
 言葉の割に、驚いた素振りは微塵も感じられない。どちらかといえばあえて確認することで感慨に耽っているというか、改めて呆れているというか、(いや、むしろ、)

「…ええ、だって、」

僕は、

「“保健委員だから”?」
 
 皮肉であっても応えようとした僕の言葉は闇にばくりと切り取られる。ひゅう、と燭台の火が風に吹かれて小さく息を飲む。



 ゆらり、ゆらりとひかりが揺れる。風が出てきたらしい、そうだ、戸は開け放したままだった。机の上に広げた鈍い鼠色の細身の医療器具が、火の形のざわめく度にちかちかと光を返して、その直線の身体がぐにゃりと歪み、戻り、また歪む。

 肺に吸い込んだ空気の冷たいこと、ああ今は夜だった、だから垣間見える外は暗闇に慣れたこの目でも底知れず、目の前は明度の低い色彩に支配されている。……替えたばかりの左目の包帯の白を除いて。(彼の目が見た目通りに白いというのならば、とっくに僕は烏に身体をつつかれている。)
 

 鈍い、光。形を留めずとも揺らめくことのない視線は、針のように突き刺さり、その細さに乗るにふさわしからぬ圧迫感で僕を押し潰す。

 (されど、)

 口を閉ざしたまま、右手に置いた急須から程良く蒸らした茶を淹れる。いわゆる「欠けた茶碗で粗茶を出す」、なのかなあ、「不運」続きの医務室に当初の姿のままで残る湯呑み(に限らずであるが)は、ないと言って正しい。出来る限り湯呑みの損壊した部分の目立たない向きを選んで彼に手渡す。

 くるくると湯呑みを二、三度回し、慣れたものなのだろう、包帯をしたまま器用に茶を飲むと、ふ、と湯気ともため息ともつかぬ煙が上がる。

 「…どうして、皮膚が柔らかいのだと、思いますか」

 こぽこぽ、と愛用、とはいえ保健室共用の湯呑みに自分の茶を注ぐ。彼の喉仏を下る液体が、こくりと音を立てるのと同時に。
   
 「……ううん、難題だねえ」

 だって柔らかいものは柔らかいんだもの、と答えにもならない応えを返す彼のやり口は、実に「忍」らしい。(しかし元々、疎通など図ろうとはしていない、多分お互いに)。

 「……誰かの痛みを知るためだと、僕は思っています」

促されるがまま、二の句を告げる。流れ出る血の意味を知るため、とも付け加えれば、煙の向こうで霞んだ目が、細められる。

 彼は何も言わずにこくり、こくりと喉を鳴らす。かつり、と床に響く音がしたかと思えば、眼前から彼が消える。

 あ、と思った瞬間には鈍色の矢──傾斜の強められた右目に真横から射抜かれていた。首筋に突き付けられた苦無はやっぱり黒かった。この人はほんとうに真っ黒だ。 
 
 「…っ、」

 ぴり、と首に走る痛み。朱が一筋、つう、喉をと伝って鎖骨に落ちる。

 彼は、なにも言わない。
右の親指で逆さから首筋の血を拭うと手を離し、そのまま血の付いた指を自身の口元にあてがう。舌は赤いのだなあ、と思ったとたん、がり、と小さな音がする。唇から覗くのは硬質な歯の白さ。
 裂けた親指からぽたり、ぽたりと朱色が落ちて、腕に巻かれた包帯に染みができる。ずい、と伊作の口元に差し出されたのは、厚い皮の噛みちぎられた皮膚以外の何物でもない。

 「なに、を、」

 「舐めて」

 まるで当然のことのように、否応なく押しつけられた指からは、生温い鉄の味がして、少し、茶請けに出した煎餅の塩の味がした。

 「ああ、君の肌はほんとうに柔らかいね」
 
 空いた右の指が、頬骨をなぞるように這う。染みの付いた右腕は、彼の部下、恐らく僕とそう年端の変わらない、を彷彿とさせた。



 もう血の流れることのない首元を擦りながら彼を見やれば、見えもしない口角が少し上がったような気がした。


 滴り落ちる赤黒い血を堰き止めて、裂けた傷口を塞ぎ尽くせばすべて、元通りになるのなら、それこそ、


(僕は、きっと、ここにはいない)

 
 私の味、覚えてね、と唐突に姿を消した彼の温度など座布団に残るだけで十分であった。
ぽつん、と心許なさそうに立つ、空の湯呑みを片づけようと手を伸ばす。
 彼に向いていたのは、ひびがありありと入り、少し歯を立てればすぐにでも割れてしまいそうな、傷の最も深い面だった。
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ジャンプ・睡眠を愛します。

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